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東京高等裁判所 昭和46年(う)698号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中八〇日を原判決の本刑に算入する。

理由

〈前略〉

被告人本人の控訴趣意中事実誤認を主張する部分及び弁護人の控訴趣意第一点(事実誤認ないしは法律の解釈、適用の誤り)について

所論は、いずれも、原判示第一の強盗致傷の事実に関するものであり、被告人の所論は、被告人が原判示中島方よりあわてて逃げ出す際、原判示中島オミサにぶつかり同女を転倒させた事実はあるが、同女に対し原判示のような暴行を加えた事実はないのであるから、その事実があるものとして強盗致傷罪の成立を認めた原判決には重大な事実の誤認があるというのであり、弁護人の所論は、被告人が中島オミサに対し原判示のとおりの暴行を加えた事実があつても、刑法二三八条が逮捕を免れるため暴行または脅迫を為したるときは強盗をもつて論ずるというのは、窃盗犯人がこれを直接に逮捕しようとする者に対し暴行等を加えた場合に限り強盗をもつて論ずるとする趣旨であると解すべきところ、本件の場合は、中島オミサ自身は恐怖心のため専ら屋外に逃げ出すことを目的としていたものであつて、被告人を逮捕しようとしていたわけでもなければ屋外に出たうえ第三者をして被告人を逮捕させようとしたわけでもなく、被告人としても、被告人の方が中島オミサよりも先に表に出て逃げるために同女に対し暴行を加えたに過ぎないのであるから、強盗をもつて論ずることはできない場合である、従つて、準強盗致傷罪の成立を是認した原判決は、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実を誤認したか、法律の解釈、適用を誤つた違法のあるもであるというのである。

しかし、原判決の掲げる関係証拠によれば、原判示中島オミサは、自宅奥六畳間入口で被告人と出会い、被告人を窃盗犯人と知るとともに恐怖心にかられ、屋外に逃げ出そうとして土間を這い回わるなどの必死の努力をしていたものであつて、被告人を逮捕しようとしたものではないには違いないが、同女が被告人よりも先に屋外に逃げ出せば、近隣の者に事情を話して助けを求め、近隣の者等が被告人を逮捕に来ることは、当然に予想されたことであり、被告人としても、そのことを予想しおそれたればこそ同女よりも先に逃げ出そうと考え、同女に対し原判示のとおりのの暴行を加えたことを、これを要するに、原判示のとおり「同女が屋外に出て隣人に騒ぎ立てることを防ぎ、自己の逮捕を免れるため、屋外に出ようとする同女に対し、その背中に抱きつき、その口を手で塞ぎ、土間に押し倒し馬乗りとなつて押えつけるなどの暴行を加え」その結果として傷害を負わせたものであることを認めることができ、記録を検討しても、事実を誤認した点のあることは認めることができない。

そして、刑法二三八条制定の趣旨にかんがみれば、原判示事実のように、他人の家屋内に入つて金品を物色中、たまたま外出先から帰宅した家人に発見され、この家人が屋外に逃げ出そうとした場合に、この家人が屋外に出て騒ぎ立て、近隣の者等によつて自己が逮捕される事態を生ずるのを免れるために、その家人に対しその反抗を抑圧するに足りる程度の暴行を加えた所為は、右の者において自ら犯人を逮捕しようとする行為に出た事実がない場台においても、前記法条にいう逮捕を免れるため暴行を為したる場合にあたるというべきであるから、刑法二四〇条前段の強盗致傷罪の成立を是認した原判決には、なんら法律の解釈適用を誤つた違法は存しない。

論旨は、いずれも、理由がない。〈以下略〉(江里口清雄 上野敏 中久喜俊世)

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